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あなたの知らない世界!『目の見えない人は世界をどう見ているのか』  はてなブックマーク - あなたの知らない世界!『目の見えない人は世界をどう見ているのか』

目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)

久しぶりに興奮する本に出会いました。

目の見えない人は世界をどう見ているのか』は、アートの専門家として大学で教えながら「視覚障害者とアート」の研究やワークショップ活動をされている、伊藤亜紗さんの本。

視覚障害者との対話を通して「見る」ことそのものを問い直す新しい身体論を、読みやすい文章で書かれています。

障害者とは、健常者が使っているものを使わず、健常者が使っていないものを使っている人です。

P.7

「世界の別の顔」を感知できるスペシャリストが、目が見えない人、つまり視覚障害者です。

P.6
障害者について、こんなふうに考えたことはありますか?


目が見えない人には見える人の世界がわからない。

同様に、見える人には見えない人の世界がわからないのです。


それを優劣・プラスマイナスではなく、「違い」と捉えているのがポイントです。

福祉論ではなく、身体論なのです。


今日はこの「2015年に読んで良かった本ベスト3に入るかも」と私が考える本書から、3つのことを紹介します。





1. 見えない人は、脳に余裕がある

私と木下さんは、同じ坂を並んで下りながら、実は全く違う世界を歩いていたわけです。(中略)
全盲の木下さんがそのとき手にしていた「情報」は、私に比べればきわめて少ないものでした。(中略)
「大岡山という地名」と「足で感じる傾き」の二つです。しかし情報が少ないからこそ、それを解釈することによって、見える人では持ち得ないような空間が、頭の中に作り出されました。
木下さんはそのことについてこう語っています。「たぶん脳の中にはスペースがありますよね。見える人だと、そこがスーパーや通る人だとかで埋まっているんだけど、ぼくらの場合はそこが空いていて、見える人のようには使っていない。

P.51

都市で生活していると、目がとらえる情報の多くは、人工的なものです。大型スクリーンに映し出されるアイドルの顔、新製品を宣伝する看板、電車の中吊り広告……。見られるために設えられたもの、本当は自分にはあまり関係のない=「意味」を持たないかもしれない、純粋な「情報」もたくさんあふれています。視覚的な注意をさらっていくめまぐるしい情報の洪水。確かに見える人の頭の中には、木下さんの言う「脳の中のスペース」がほとんどありません。

P.51

ふと、これを思い出しました。

現代社会はその膨大な情報量のせいで、ノイズの中からポジティブなシグナルを聞き取ることが難しくなってきている。だが脳が受け取る情報の全体量を意識的に5パーセント減らせば、よいシグナルを聞き取るチャンスが大幅に向上するということが、ポジティブ心理学と神経科学の研究によって分かっている。

目が見えない人は、ムダなマイナス情報を受け取らずに済むメリットがあるのかもしれませんね。


2. 見えない人は、視野が広い

見えない人が見える人よりも空間を大きく俯瞰的にとらえている場合がある、ということでした。普通に考えると、見える人のほうが「見通す」ことができるの で、遠くまで空間をとらえていそうです。しかし、そのことによってかえって「道」にしばられてしまう。だからかえって見えない人のほうが、目が見通すこと のできる範囲を超えて、大きく空間をとらえることができる。視野を持たないゆえに視野が狭くならない。

P.57

視覚を使う限り、「視点」というものが存在するからです。視点、つまり「どこから空間や物を見るか」です。「自分がいる場所」と言ってもいい。

P.69

見えない人には「死角」がないのです。これに対して見える人は、見ようとする限り、必ず見えない場所が生まれてしまう。(中略)
しかし、見えない人というのは、そもそも見ないわけですから、「見ようとすると見えない場所が生まれる」という逆説から自由なのです。視覚がないから死角がない。

P.73
見えないからこそ、目立った視覚情報に惑わされずに空間を大きく捉えているというのは、とても興味深い内容です。

視覚障害者のこんな興味深い言葉も紹介されています。

「見えなくなってからかえって転ばなくなった」

P.124

とはいえ、「見えない人」も色々です。

この記事によると、視覚障害者の4割が駅のホームから転落した経験があるというのです。

4割は多すぎないか?という疑問もありますが、見える人には見えないものを見ている一方で、見えないがゆえに事故に遭ってしまうケースも実際にあるわけです。

ただし、スマホに夢中でホームに転落する健常者もいるくらいですから、見える人も盲目になりうるでしょう。


思い出したのは、盲目の弁護士・大胡田誠さん。

なんと奥様も盲目なのですが、仕事も子育ても楽しんでらっしゃいます。
  • 大きな仕事もチームでやり遂げる
  • 「助けられ上手」になろう
という内容が、特に印象的です。

全盲の弁護士から学んだ5つのこと 〜本『全盲の僕が弁護士になった理由』


3. 見えない人は、イメージに柔軟性がある

見えない人の頭の中のイメージは、見える人の頭の中のイメージよりも「やわらかい」のではないか。そう感じることがあります。見えるとどうしても見えたイメージに固執しがちですが、見えない人は、入ってきた情報に応じて、イメージを変幻自在にアップデートできる。つまりイメージに柔軟性がある。そんなふうに思えるのです。

P.175

見える人は視覚が全体像を与えてくれることに慣れてしまっているので、それがないとお手上げになってしまうのでしょう。「推理しながら見る」ことに慣れていないのです。
それに対して、見えない人は常にこうした推理を行っています。つまり美術館賞にかぎらず、ふだんから断片をつなぎあわせて全体を演繹する習慣がついているのです。

P.175
初対面の人と会ったときのことを考えると、分かりやすいかもしれません。

どうしても私たちは見た目の印象で相手を判断しがちです。

見た目が好印象だと「性格も良いに違いない」と他の部分の判断にも影響を与える「ハロー効果」が起こります。

私たちは、見える情報に縛られていることをもっと意識してもよいかもしれません。


まとめ

ここではたまたま上記のような3点を取り上げましたが、著者はこう書いています。

障害者が優れていると言いたいわけではありません

P.185


読みやすく引き込まれる上に知的好奇心が刺激される、素晴らしい本です。

ぜひチェックしてみてください。


著者の伊藤 亜紗さんの講演も聞いたのですが、とても素晴らしかったので、それは別記事で。

Scannable の文書 (2015-12-10 18_09_43)





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