【要注意!】「他人を攻撃せずにはいられない人」の5つの理由  はてなブックマーク - 【要注意!】「他人を攻撃せずにはいられない人」の5つの理由

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他人を攻撃せずにはいられない人が世の中には随分いるんだなあと、つくづく思う。
そのターゲットにされて痛い目に遭っている方の話を精神科医としてうかがう機会がとても多いからである。

P.3
思い当たること、ありませんか?

私はこのようにブログを書いていると、知らない人から叩かれることがあります。

あるいはSNSでは、ニュースなどについて厳しい物言いをする方もよく見かけます。

いや、他人ばかりではありません。自分も「他人を攻撃」してしまっているときがありそうです。


どうしてそういうことが起きてしまうのでしょうか。

今日は本『他人を攻撃せずにはいられない人』から、他人を攻撃せずにはいられない5つの理由を紹介します。





1. 他人を無価値化したい

他人の価値を低下させれば、自分とは異なる考え方や見方を排除することができるので、自分のライフスタイルに疑問を感じなくてすむ。結局、価値があるのは自分自身のライフスタイルだけだというふうに思い込んで、そこに安住していられるわけである。
おまけに、他人の意見や批評の価値を一切認めなければ、その影響を受けずにすむというメリットもある。それゆえ、自分の能力に不安を抱いていて、自信のない人ほど、他人を無価値化して、自分自身の価値を保とうとするのである。
P.109
他人の価値を下げれば、相対的に自分の価値が上がるというわけです。

それが本人の安心につながるのですね。


2. 自分とは異なる価値観を受け入れられない

自分自身の考え方や価値観を唯一最良の基準として他人に押し付けたり、自分の知識や教養をひけらかしてそれを身につけるのが当然という態度で接したりするのも、攻撃欲の強い人がしばしば用いる手法である。
こういう人は、他人のものの見方など一切考慮せず、「説得のための説得」のような印象を与える。権威に頼ったり、脅したり、怒ったりしながら、自分の価値観を何としても相手に認めさせようとするわけである。
相手がなかなか受け入れないと、そのせいで傷ついた、不幸になったというふうに被害者のふりをしてでも、自分の価値観を押し付けようとする。これは、自分の好みや意見、ものの見方や考え方などが普遍的で、誰にでも適用しうると確信しており、それを相手も共有するのが当然と思い込んでいるからである。

P.110

こういう人は、異論があるかもしれないなどということは想像もつかないようである。自分が好きなものを嫌いな人がいることも、理解できない。まして、自分が嫌いなものを好きな人がこの世に存在するなんて、論外というわけである。
もちろん、頭ではわかっている。だが、心の奥では受け入れられない。

P.111
海外では様々な民族が一緒に住んでいることが多く、「多様な価値観がある」という共通認識があるが、日本人は「みんな一緒が当たり前」という意識が強い、と本で読んだことがあります。

そのため、「自分がこう思うんだから、みんなも当然そうでしょ」「みんな同じじゃなきゃおかしい」となってしまうのですね。


3. 自己愛の塊

もともと、他人の考え方も、選択や行動の自由も認めていないような場合もある。他人には、自分と同等の価値を見出だせないからである。いわば、自分が一番大事で、自分が誰よりも優れており、自分が正しいと信じ込んでいるような「自己愛の塊」である。こういう人には何を言ってもムダだと周囲が身をもって知る と、誰も反論や説得をしなくなる。そうなれば、攻撃欲のある当の本人にとっては居心地の良い状態が続くことになる。

P.115
良く言えば「自信がある」ということでしょうか。

しかしこのように度が過ぎれば「裸の王様」になってしまうでしょうね。


4. 傲慢さと傷つきやすさ

他人の領域に土足で入り込むようなことも、攻撃欲の強い人はすることがある。(中略)
考え方や生き方、好みや対人関係、さらには人生における重要な選択や決断といった精神的な領域にまで口出しするようになる。(中略)
これは、自分は重要人物で、そのへんの奴とは違うと思い込んでいる傲慢さのせいだが、同時に、自己愛が傷つきやすいことにもよる。この自己愛の傷つ きやすさを、自分ほど偉いものはいないという傲岸不遜な態度で覆い隠そうとしていることが多く、できるだけそこから目をそむけようとしているようだが、ふと顔をのぞかせることがある。
こういう人は、ターゲットを、自分自身の延長もしくは道具、人間以下とみなしがちである。実際、家庭では子供、職場では下っ端の領域を侵害することが多い。(中略)
しかも、自分のやっていることが迷惑をかけるのではないかという想像すらできない。「相手のため」と正当化する達人だからである。

P.117
特に子供の領域に踏み込んでしまう、というのは親ならやってしまいがちではないでしょうか。

どこまで介入すべきかは難しいところではありますが、冷静に考えてみると「相手のため」のつもりが実は「自分がそうだと安心するから」という場合も、あるのではないでしょうか。


5. スッとするために正義を振りかざす

インターネットは、誰かの誹謗中傷にあふれた世界である。(中略)
最近特に増えているのは、「正義」を振りかざして相手を追求するやり方だ。たとえば、芸能人の家族が生活保護を受給しているということを知るやいなや、「けしからん。この税金泥棒!」といった具合に相手を攻撃する。(中略)
当時攻撃していた人たちの目的は、社会問題の根本的解決にあったのではなく、自分の攻撃欲を満たすことにあったのではないかと思われる。(中略)
他人の悪を叩いた人は総じて次のような快感を得たのではないだろうか。
「悪を叩いてスッとした。楽しかった」
なぜ悪を叩くとスッとするのか。それは悪を叩くことによって、「自分には悪がない」というふりをし、自分自身の悪を否認できるからである。

P.137
まさに「自分のことは棚に上げて」言ってしまうこと、ありませんか?

まぁそれを言い出したらもう、何も言えなくなりそうですが(笑)、しかしSNSであれば何かコメントする前に、冷静に「これは何の目的で発言するのか」と考えられると良いですね。


まとめ

本書には「攻撃欲」の強い人にどう対処すべきか、衝撃的な方法(笑)が書かれています。

しかし、どちらかというと「自戒」のために読んでみることをオススメします。

「私は他人を攻撃なんてしない」

今そう思った方こそ、その傾向があるかもしれませんよ。




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