『ナウシカ』も『吾輩は猫である』もパクリだった!?正しいパクリ方のすすめ 〜本『あらゆる小説は模倣である』  はてなブックマーク - 『ナウシカ』も『吾輩は猫である』もパクリだった!?正しいパクリ方のすすめ 〜本『あらゆる小説は模倣である』

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純粋無雑な100パーセントのオリジナリティを誇れる小説など、この世にはありえないのだ。
(中略)
あらゆる小説は、部分や無自覚も含めて、多かれ少なかれ何者かからの模倣あるいはパクリなのである。
だとすれば、パクリを忌避するよりも、むしろ密猟者の自覚と技術の練磨をこそ、書き手は目指すべきだろう。

P.159
これは「小説」以外にも言えるのではないでしょうか。

あなたの商品やサービス、あなたの発する言葉、あなたの服装…。オリジナリティを求めても、必ず何かの影響を受けています


本『あらゆる小説は模倣である』は、膨大な現代小説を読みこなすことで支持される文芸評論家が、オリジナリティと模倣について語った本。

私たちもよく知る著名な作品が実はパクリであったことを次々と紹介し、その盗む技法を明かしています。


今日は本書を元に、「良い模倣」について考えてみましょう。





1. 良いパクリ、悪いパクリ

  1. 自分の独創と思い込んで二番煎じや紋切り型に陥ってしまう無知な模倣。
  2. 他の作品をなぞって取り込み、その形跡をたやすく見破られてしまう下手な模倣。
  3. もとの作品を土台にして別個の作品に仕上げてしまう巧みな模倣。
「盗作」とか「盗用」の疑惑を持たれ「パクリ」呼ばわりされてしまうのは、もちろん2の下手な模倣だが、1でも場合によっては、疑われかねないリスクがある。
もちろん、それを本書は勧めるわけではない。
P.4
1は誰もが気をつけないと陥りがちですね。

自分の考えのつもりでエラそうに語ったが、実はその場にいる先輩が以前教えてくれたことだった、とか(笑)。

ミュージシャンがつくった曲が、知らず知らずのうちに自分の好きなアーティストの影響を受けていてあとでパクリ疑惑が起きる、なんてこともよくありますね。


2は悪意があるからNGでしょう。


私たちが目指すべきは、3です。


2. 自分の狭い世界より、外部にある無限の材料を活かす

自分という創造主は、ほんのちっぽけな存在である。短い人生と限られた経験から考え出せることは、狭く貧しい。しかし外部には無限といってよいほどの材料が転がっている。それらと融合できれば無限の通路が生まれる。
模倣とは、自分の想像の可能性を無限大にする力に他ならない。

P.227
アイデアは既存のものの組み合わせである」と、よく言われます。

選択肢の数は、多ければ多いほうが良いでしょう。

先人の生み出したアイデアを活かして新しいものをつくることを考えるのです。


3. 「学ぶ」は「真似ぶ」

「学ぶ」ということばは「真似ぶ」に由来するという。
(中略)
西洋の小説を学び、真似てきたことが、日本の近代小説の発展の歴史そのものなのだ。

P.24
具体的に、なんと私たちのよく知っているあの作品に触れています。

夏目漱石は、19世紀ドイツの作家E・T・A・ホフマンの『牡猫ムルの人生観』から影響を受けて、あのデビュー作『吾輩は猫である』を書いた。 (中略)
今日だったらまちがいなく盗作の疑惑が寄せられたことだろう。じっさい『吾輩は猫である』の連載中に、あるドイツ文学者が元祖のホフマンの「ムル」を紹介し て漱石を茶化したことがある。すると漱石は、作中でそのことをわざわざ話題にして、まるで知らなかったことのようにとぼけたあと、そそくさと猫を死なせて 連載を終えてしまったのである。

P.23
これはとても興味深いですね。

優れた作品から学ぶためには、真似ることが必要だったのでしょう。


ただ著者は、漱石はインテリの「シャレ」としてこれをしたのだと、考えを付け加えています。

あなたはこれを「パクリ」として、責める気になるでしょうか。

話のネタに、読み比べてみると面白そうですね。

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4. 元ネタへの尊敬・オマージュが大事

誰もがよく知っている宮崎駿(1941-)のヒット作『風の谷のナウシカ』(漫画作品は1982-94、アニメーション作品は1984)がある。そこでは 少女ナウシカが「メーヴェ」と名付けたグライダーのような白い翼に乗っている。また、彼女を助けるユパという剣の名手の老兵が登場する。彼はつばの大きな 帽子をかぶり、軍服のような服の上にマントを羽織っている。
そのメーヴェとユパの恰好は、じつは宮崎が尊敬するフランスのマンガ(「バンド・デシネ」略して「BD」と呼ばれる)の巨匠メビウス(本名ジャン・ジロー、1938-2012)の初期の傑作『アルザック』(1975-76)を模倣したものなのである。(中略)
そのことは宮崎自身も認めている。

P.73
これもかなり驚きですね。

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しかしさらに驚きの後日談が。

しかし後年、宮崎と親友になったメビウスは腹を立てるどころか、『ナウシカ』こそは自分が作りたかったようなアニメだと絶賛した。生まれた娘をナウシカと名付けたほどである。
盗用騒ぎになることなく、両者にこのような友好関係が成立したのも、宮崎作品には先人メビウスへの深いオマージュがあったからに他ならない。

P.73
元ネタへの尊敬。これが重要なのですね。

そしてまた逆に、パクられたメビウスにとって『ナウシカ』が尊敬に値する作品だったことも、この友好関係につながる1つのキッカケでしょう。


5. サンプリングやリミックスを考える

音楽の世界では、リミックスとかサンプリングとかいうことがよく行われます。

たとえば私が大好きな曲にBeastie Boysの『Root Down』があります。




ところがこれには元ネタとなる曲があり、元ネタの一部をサンプリングして(切り取って)ループさせ、そこへラップを乗せてつくられているのです。

元ネタを聞けばわかります。




ヒップホップはこのように曲が作られますが、それをパクリだと非難したりはしません。

曲名もそのまま「Root Down」ですから、コソコソと盗んでいるわけでもありません。

広い世界から材料を組み合わせ、新しいものを生み出しているということですね。

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6. 遠くからパクる

真似したいと思うほどの作品なら、自分より優れた書き手である場合が多い。すると相手に負けてしまい、自分の作品にすることが困難になる。
では逆に、自分より劣る初心者、あるいは無名の作者の小説から素材を借りた場合は、どうだろうか。たしかに一般の読者にはバレにくい。だが、もし幸か不幸か、そうやって書いた作品が評価を得て、あなたがデビューしてしまったとする。すると他でもない当事者が気づいて、訴え出てくるリスクが生じるのだ。
(中略)
こんなリスクは割に合わない。
だから、できる限り自分の立つ場所とは距離のある素材から出発する。これが基本である。

P.169
先の「Root Down」の例でいえば、同じヒップホップではなく、違うジャンル(ジャズ)から素材をサンプリングし、新しいヒップホップの曲に仕上げていますね。


あるアイデアを、別の世界で活かすことを考える。これは「アナロジー」につながる考え方ですね。

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まとめ


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このブログ記事自体も、言ってみれば「パクリ」かもしれません。

本書に書かれていることをそのまま引用しています。

ただ、元ネタと引用部分を明らかにして尊敬をもって紹介し、私の考えや知識と合わせています。

そしてまた、小説を書くことではなく別の世界(私たちの仕事やプライベート)に本書の考え方を活かすことを目的としてこの記事を書いています。


本書にはここで紹介した以外にも、芥川龍之介が海外小説をパクってラブレターを書いた話や、江戸川乱歩、谷崎潤一郎、村上春樹の事例なども、とても興味深い内容です。

「パクリ」に対する認識が変わる一冊。ぜひ読んでみてください。





次はどのレビューを読みますか?

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