我々が「ライフハック」で失ったもの  はてなブックマーク - 我々が「ライフハック」で失ったもの

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私は「ライフハック、ライフハック」と言ってますが、実はライフハックで失いかけているものがあるのではないかと危惧しています。

何だと思いますか?

そして、その解決方法は?





「体験」への「好奇心」

本やネットで情報を得るだけで満足し、「行動」ができていないこと、ありませんか?

それは、情報過多が原因かもしれません。

情報を扱う技術に長けている――そうした知のあり方と関係するのでしょうか、私は情報技術に通じた若い人達の中に、変に老けこんだイメージの人がいるように思えてなりません。ものごとを情熱的に探求していかないというか、虚心に好奇心を持たないというか、あるいは、最初から先行きを予想してやめてしまっていると言いましょうか。それもまた、ものごとの原因と結果のいくつかのパターン(こうすれば、こうなる)を「情報」として蓄えてしまっているゆえではないか

本「悩む力」 P.68  悩む力 (集英社新書 444C)

つまり、「ライフハック」好きな我々は簡単に情報が手に入り、それを処理する能力はあるものの、そのおかげで「体験」への「好奇心」を失ってしまったのではないでしょうか。


海外旅行へ行く若者が減ったと聞きます。

パソコンを開けば、海外の情報も映像も簡単に手に入れられるのですから、それで満足してしまっているところもあるかもしれません。


同様に、

これはこうすればもっとうまくできる

っという「ライフハック」情報が簡単に手に入る時代。

「そうなのか!」

と納得するも、「ライフハック」を単なる「情報」として捉えてしまう。

また、あまり深く考えないまま、必要になったら検索すればいいや、と思う。

それだけで満足してしまうことが多いのは、私も否定できません。



「情報」より「体験」「知性」

物知りな人を尊敬しますが、しかしほんの少し時間をもらえれば私でも同じ情報をインターネット上から取り出すことができます。

「情報」をただ持っていることの意味・価値が、どんどん薄れています


では何が他人との差になるのかといえば、まず「体験」があるでしょう。
これからは「情報」の時代ではなく、「体験」の時代になると思います。
その点、きっちり学ぶと、学んだことは「体験」になります。学ばない知識は「情報」にすぎません。要するに、「体験」にまでならない知識、それが「情報」です。


ライフハックの「情報」には、そこにたどり着くまでの
  • 挑戦
  • 失敗
  • 工夫
という、見えない「体験」(過程)があります。

「こうすれば、こんなふうにうまくできます」というライフハックを得て満足、または実践して満足するだけでは、効率的ではありますが、この過程の「体験」を飛ばしています。

時間効率だけを考えればこれを飛ばしたいところですが、しかしこれこそが自分を成長させるポイントなのです。



ライフハックを鵜呑みにしない

では、「ライフハック」はダメなのかというと、そうではありません。

私が言いたいのは、「ライフハック」を鵜呑みにするな、ということです。


ライフハックには素晴らしいものが多いのですが、それが必ずしもそのまま自分にフィットするとは限りません。

また、もっと良い方法があるかもしれません。

「あぁ、こりゃいいや!」と、思考停止してそのまま実践するだけではもったいないのです。

情報化社会においては、誰もが携帯する検索エンジン・グーグル、あるいはメール交換であらゆることが調べられるので、カンニングをするなと言っても意味がない。カンニングはまず物理的に防ぎようがない。
それだけではない。「答えのない時代」のいま、世の中に出たら、知識を持っていることよりも、多くの人の意見を聞いて自分の考えをまとめる能力、あるいは壁にぶつかったら、それを突破するアイデアと勇気を持った人のほうが貴重なのである。

本『ハイ・コンセプト 「新しいこと」を考え出す人の時代 』 P.16  ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代



先に述べたように「体験」を飛ばしてしまうことは、せっかくの成長のチャンスを逃しているかもしれません。

しかし、そこで飛ばしてしまった「体験」を後ろに持ってこれば良いのです。

つまり、「ライフハック」情報を得てから、「体験」つまり
  • 挑戦
  • 失敗
  • 工夫
を行うのです。


「ライフハック」情報を得て、自分にフィットするようにアレンジして問題解決したり、工夫して新たなライフハックを生み出す。

さらにそれを共有することで別の人がそれをアレンジして…。

それがライフハックの「楽しさ」ではないでしょうか。



「ライフハック」を生み出す「遊び心」「楽しさ」

最初の話に戻りますが、我々は失ってしまった「好奇心」を、どう取り戻せば良いのでしょうか。

私は「遊び心」、つまり楽しむ気持ちがキーワードではないかと考えます。


画期的なソリューション、クリエイティブなアイデアというのは、文献を机に向かって読みあさっているだけでは生まれません。

笑えないような深刻な状況の時ですら、いやそういうときこそ、「遊び心」を持つことでそれを乗り越えられるのではと思います。


本『プレイフル・シンキング 』には、こんなふうに書かれています。

(「プレイフル」とは、)物事に対してワクワクドキドキできる心の状態のこと。どんな状況であっても、自分とその場にいる人やモノを最大限に活かして、新しい意味を作りだそうとする姿勢

学びとは子どもが何かを体験し、その体験を振り返るプロセスを通してみずから構築していくものである

知識とは、他者から与えられるものではなく、みずから創り上げていくもの、つまり「創造するもの」である

プレイフル・シンキング


ちなみに私が仲間と企画している「遊び心」を持った勉強会、『せかいはつ勉強会』。準備を進めている今とても楽しいです。

もちろん当日も楽しめることは間違いないのですが、その中で私は参加者の皆さんからしっかり「学び」と「体験」を得て、さらに新たなライフハックを生み出す「種」を拾い集めてくるつもりです。

これは読書したり講演や他の勉強会などに参加した時も同じです。

「ライフハック」=「新しいライフハックの種」だと捉えているのです。

「種」は誰かに大切につくられたもの。そのままでももちろん美味しく食べられるものもあります。

しかし、水をやって育てたほうがもっと美味しい実がたくさんなるかもしれないし、日光を浴びさせたほうが大きく花ひらき、もっと楽しいかもしれません。



まとめ

上記の話は決して「ライフハック」を否定するものではありません。

うまくやるには、既にうまくやっている人から習うのが速いというのは今も昔も変わりありません。


しかし、失われかけた「好奇心」を「遊び心」を持って増幅させ、ライフハック=「もっとうまくやる方法」を自ら生み出す精神も忘れないようにしたいというのが一番伝えたい事であり、自戒でもあります。


先日で紹介した「A.P.A.」の「P」に、「遊び心」が含まれると最高ですね。





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管理人のつぶやき



コメント

---quote---
直ぐに役立つことは、
賞味期限が短い。
---unquote---

昔々、
「耳年増」、「耳学問」という言葉がありました。
すべてがそうであるとは言わないけれど、
遠くない将来に、
「ライフハッカー」がそのようなニュアンスを持った言葉になるのではなかろうかと思う今日この頃。
---
将棋などにたとえれば、
「手筋」だけ覚えても、
「大局観」なしでは...、
と思ったりする。
---
戦争にたとえれば、
「戦術」だけ覚えても、
「戦略」なし「兵站」なしでは...、
と思ったりする。

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